愛・地球博
9月15日夜から17日朝にかけて、ルゼリックと二人で2005年日本国際博覧会に行ってきました。
夜行バスを使って万博会場まで
夜行バスで、自分たちの席が用意されていないとか突然席替えさせられるとか、どたばたがありつつも、一番前の座席で前に気を使う必要がなくてそこそこ良かったです。
西ゲートから入場
日本ゾーンの名古屋市パビリオン大地の塔はすでに50分待ちだったのでスルー。
できるだけ多くのパビリオンを観て回ろうというプランになり、待ち時間が長くなりそうなパビリオンはスルーすることにしました。5分も待てない日本人の二人組みです。
センターゾーン
マンモスラボは待ち時間なしで、すんなり観られました。ガラス越しに、マイナス15度の中で動くコンピュータにしきりに感心するルゼリックです。
グローバル・コモン6
シンガポール館
入場口でビニール傘を渡され、微妙にいやな予感です。ホール内で、シンガポールの一日が上映され、途中の豪雨の演出で大量の雨が降ってきました。自分たちはホールの端のほうだったんですが、真ん中付近にいた人はなかなかびしょぬれです。
フィリピン館
柚とかぼすを合わせたような柑橘系のパウダーをなめました。
ラオス館
陽気な太鼓と笛と踊りに誘われて入館。中の銅鑼をやさしく3回鳴らしてきました。
グローバル・コモン1
イエメン館
現地の装飾品が所狭しと並べられていました。
スリランカ館
中には入っていませんが、外で太鼓のパフォーマンスをルゼリックが釘付けになって観ていました。
インド館
インドの宗教にちょっと興味があるので入る前から期待していました。
中は広くて展示物も多く、ブッダやシバなどの説明があって、万博の中でも充実したパビリオンだと思いました。カレーの匂いはしませんでしたが。
森林体験ゾーン
11時くらい
人も多くなって、暑くなってきました。
グローバル・コモン3
フランス館のパビリオンを観ようと思っていたら、間違ってレストランに並ぶというエピソードがありつつ、フランス館、ドイツ館、スペイン館などを微妙にスルー。
ボスニア・ヘルツェゴビナ館
写真、パネルや映像スクリーンを観つつまったり。
チュニジア館
地中海独特の雰囲気がありました。ろくろを使った壷の実演販売にしばし見入っていました。
小休止
昼に何を食べようかという話し合い。
昼食
グローバル・コモン2にあるドミニカ館のチミチュリという料理を食べに行きました。
チミチュリは、薄いパイ生地にレタス、トマト、チーズなどをはさんで丸めた料理で、生地はプレーン、バジル、ほうれん草、トマトの4つから選べました。おじゃむーはほうれん草、ルゼリックはトマトをチョイス。500円という低価格でなかなかおいしくて満足です。
その後、アルゼンチン館で涼みました。
日本ゾーン西エントランス
公式記念品ショップでおみやげを買いました。入場規制はなかったもののすごい混雑でした。
名古屋城
正門から名古屋城城内へ。
万博のチケットを持っていると500円の入場料が400円になるということだったんですが、ルゼリックは万博のチケットをなくして500円で入場することになりました。
おじゃむー「万博のチケット持ってます」、受付のお姉さん「400円です」
受付のお姉さん「万博のチケットはありますか」、ルゼリック「なくしました」、お姉さん「…………」
このときの時刻は15時50分だったので、入場は16時10分までという天守閣から大急ぎでみることになりました。
写真(http://ruzeru2.exblog.jp/2718567/)の城下で、おじゃむーは柚ピールソフトクリームを、ルゼリックは五平餅を食べました。
マジアカ2
バスの集合時間までしばらくあったので、ゲームセンターでルゼリックがまじでみをやりました。アニメ&ゲームでは微力ながら助力しつつ、調子が良かったのか決勝までいき、優勝するという健闘ぶりもありました。
夕食
夕食は名古屋ならではのものを食べようということで、名古屋駅ビルの高島屋にて味噌カツを食べることになりました。
意外と甘い味噌カツソースの味噌カツに舌鼓を打ちました。店員に、意外と甘いものなんですね、どこのお店もだいたいこういう味なんですか、おいしかったです、ごちそうさまです、という会話をしつつお会計。
名古屋駅のおみやげ屋を回ろうかというところで、ルゼリックが先ほどの味噌カツ屋で写真(http://ruzeru2.exblog.jp/2718567/)を撮ったあとにデジカメを忘れてきたので、取りにいくことに。
夜行バスで帰宅
来たときとは対照に一番後ろの席でした。後ろを気遣う必要がなく、スペースも広かったので楽でした。
バスを降りて、まじでみでもやって帰ろうか、という話しをしていたんですが、あまりに早朝でやっているゲームセンターがなく断念することに。
朝食にすき家でわさび山かけ牛丼を食べて解散になりました。
感想とか
歩いた。とにかく歩きました。将来、万博の記憶は「歩き疲れた」というものになっているだろうということが目に浮かびます。
まあ、それもまた良い思い出。